月夜見
“大川の向こう”
  


      



 思わぬ美味しいおやつも食べて元気りんりん。まだまだ陽は長く、ゾロがくいなお姉さんから仰せつかった“子供の部のお稽古”が始まるまでには時間があるからと。それでもあんまり遠出はしないでの遊びになるのは、ルフィの側とて承知の上で、やっとのこと大好きなお兄ちゃんと遊べる時間と相成って。思わずスキップの出来損ないでツーステップ踏んじゃうくらい ご機嫌さんな小さな坊やへ、短髪頭にジャージ姿のお兄ちゃんが訊いたのが、
「何して遊ぶんだ?」
「んっとなぁ。」
 気の早い半袖Tシャツのお胸の前で、寸の足らない腕を一丁前に組んで見せ、えっとぉなんて考える真似。くりくりのドングリ眸が宙を撫でるよにあちこちを見やるが、その実は大して考えちゃあいない。勿体ぶって焦らしているのではなく、本当に思いつけなくってのしまいには、

 「ゾロは何したい?」
 「そーだな、昼寝かな。」
 「なんだよ、それ。」
 「じゃあ、どっちが長いこと眸ぇつぶってられっか競争。」
 「一緒じゃんか。」

 これで、低学年とはいえ同じ小学生相手のお稽古の監督役がこなせるほど、剣道に限っては練達なクセして。一体どういう相殺が取れているやら、机の前での勉強よりは体育の授業の方が好きなタイプだのに、自分からはしゃいで遊ぶということを滅多にはしたがらず、暇があったらグデグデ昼寝ばかりしているらしい、少々変わり者の少年剣士殿。むむうと膨れたルフィが“しょーがねーな”と考えて考えて、よっしと思いついたのが、

 「じゃあ、隠れんぼだっ。」
 「おお。」

 たとえ昨日もやったことでも、もしかせずとも一昨日もやったことでも、またかよなんてな つれない声が立つことはない。まだ小さいルフィには、今はこれが一番のスリルある遊びであり、大人の世界で言うところの“マイブーム”。
「じゃあ、隠れな。」
「おーっvv」
 まずはゾロの側が鬼の役をするというのも、二人の間では定石な、究極のローカルルールとなっており。隠れる範囲はこちらさんのお家の広々としたお庭のどこか。川側にある仕事場の敷地には、古井戸やらあるし、搬出の車の出入りもあるから入っちゃいけない。その他なら、まま あんまり突飛なところでない限りはオールOKというのが暗黙の決まりごと。踏み固められた土をパタパタと叩きもって駆けてく足音が遠ざかる。とはいえ、子供の彼らには結構な広さだろうが、何も運動場ほどもある訳でなし。ゾロが自分の腕で目隠ししつつ、顔をそこへと伏せた、仕切り柵の代わりのサザンカの茂みの裏手。向こう側へ回ってっただけのことだ。昔はそれで粉を碾いた水車小屋があった跡地の作業場とは別に、最初は農家ででもあったのか、母屋からあまり離れないところにも古びた蔵があり。作業場を兼ねた天井の高い、ワラを混ぜた土壁の、いかにも田舎の倉庫というのがぱっくりと口を開いている。家の玄関にも鍵はかけないような土地柄、出入りのたびに施錠するなんて感覚はなくての開けっ放しで。
“うっとぉ…。”
 秋口あたりは蕾を摘んで毟っちゃあ くいな姉ちゃんに叱られたサザンカも、今は若い葉ばかりが目につくばかりのやわらかさ。それを横手に見ながら…さて。
“きのーは蔵の裏にいたらば めっかったんだっけ?”
 でもね、あれは雨上がりで足跡があったからだよな。今日は乾いてっから見つかんないかも。ああでも、2日続けて同じ場所ってのもな、
“ゲーがないってもんだ、うん。”
 …意味判って言ってますか? ルフィくん。
(微笑) ぼーっとしてもいられない。ゾロは声出して数えないけど、百まで数えたら探し始める。その前に“もーいいか”って訊きはするけど、でもいきなりそうと来るから、それがドキドキする。
“あんま遠くはダメだしな。”
 突拍子もないところに隠れるのは厳禁。こないだも、何とか登れたスズカケの樹から、でもでも降りられなくって大騒ぎになっちった。
“やっぱ、こん中だよな。”
 もっとずっと小さかった頃は、悪戯して入ったら危ないよと言われた。作りが古いから、窓はハシゴで登った上の段の、そのまた上のほうに一個しかなく。だから手元も足元も暗くって。小さな子供が不用意に入ると怖いばっかで、慌てた挙句に何にもないところで転んだりしかねない。それでと禁令が出ていたのだが、今はさほどダメとまで言われてはない。重々しい器具や鎌や鍬のような危ない道具が仕舞われてるでなし、家財道具を収めた木箱や長持ちやも、水害で濡らしては何にもならぬとハシゴを登らなきゃ上がれない二階に集中しているので、下の三和土
(たたき)はすっからかんも同然だからだろう。それでも…真っ暗な、まるで洞窟みたいなその入り口は、冒険心旺盛なおチビさんには、ワクワクする秘密への入り口めいて見えもして。

 “よ〜し♪”

 そろそろと近寄って、こそり、中を透かし見る。誰の気配もないみたいなのを嗅いでから、まだ明るい屋外からそろりと入れば。まずは目が慣れないので、ホントに真っ暗なだけの空間が広がっていて。
“お〜〜〜〜っ♪”
 一人で入ったの、初めてだよな。なんか変な匂いするぞ。古臭い匂い、火ぃつける前の線香みたいな匂い。暗い中、上の方にだけ、四角い穴ぼこの窓。あ、柱があんぞ、ごつんて しないよにしなきゃな。どこ隠れよっか。あ、手よしぐるま(注;手押し車)の後ろとか? 薪の木を乗っけてるりやカーの中はダメかな。おもちゃにしたら危ないって、くいな姉ちゃんに怒らりたもんな。
“え〜と、う〜んと。…あ、100円見っけvv”
 懐中電灯もなしではお初の蔵の中というシチュエーションだけでドキドキなのに、ここのどっかに隠れにゃならぬ。段々と目も慣れてきて、ゴツゴツする土壁をぺちぺち叩きながら、ちょこっとだけ置かれた古びた家財道具を見回してた、小さなトレジャーハンターくんだが、きらり光った何かを足元に見つけ、わっと屈んで触れかけたその間合いへ、

  ―― ごそり、と

 何かの気配を確かに聞いた。

 “………え?”

 粉屋のお仕事は川の方にある作業場でまかなわれてて、だから家人はこんなところには居ないはず。それに、家長でもあるゾロのお父さんは どっかに出掛けてるってくいなお姉さんが言ってなかったか?
“風の音かな?”
 ここんチもたくさん庭木を植えてる。それが風でそよいで音がしたのかな? でも、そんな風な、壁の向こうの音って感じじゃなかったような。そんなこんなと思っていたらば、今度は、

  ―― かささ

 ついのこととて ふえぇっと、小さな肩が震えた。意識してた耳へ飛び込んで来た音。警戒してたからか今度は方向も定かに拾えて、

 “…上?”

 剥き出しのがっつりした柱が支えてる、物置の二階部分のどっか。そう、外なんかじゃなくの棚のどこから聞こえた音だ。
“な、何だろ。”
 ソロんちには犬も猫もいない。昔はネズミよけの猫くらいいたかも知れないけれど、大人はみんな忙しいのに、子供だけじゃあ世話し切れぬだろと、今の代では飼うことを許されぬままで現在に至ってるとか。どっかからもぐり込んだんかな。でも、

 “…そんな小さい音か?”

 もちょっと大きいものが身じろぎしたような雰囲気ではなかったか? 妙なところで勘がいい坊や、その勘が…違和感をびりびりと伝えてやまない。あ・ほら、ぎしって。家鳴りみたいな、棚の梁だか桟だかが軋む音もした。無視していい小さいものじゃあないぞと、小さな坊やを煽ってやまない。

 「あ…。」

 たとえ腕白な坊やでも、苦手なものへは逃げようもあるが、得体が知れないものほど怖いものはない。バイキンマンなら叩けばいい、でもお化けだったらどうしよう。どっかに居るらしい何かに、背条がふるるっと震えてしまい、
「や…や〜だ。」
 入って来た戸口の明るい大きな四角へと、後ずさりしながら撤退の構えに入ったルフィだったが、

 「あ、待てっ!」
 「ふやっ!」

 明らかな人声が、それも鋭く強い調子のが立ったもんだから、ひゃあと今度こそ肩が跳ね上がったそのまま、くるり方向転換も素早く駆け出していた小さな坊や。誰? 誰かいるよな? 待てって言ってた。あれって俺んコト捕まえるぞってこと? ヤダヤダ、そんなのヤダっ。

 「わあ…っ☆」
 「おっと。」

 倉の戸口から飛び出したその途端、ばんって思い切りぶつかったものがあり。よく前を見ないで駆け出してのこととはいえ、あまりに間が良かったせいで逃げるのを邪魔されたような、誰ぞに立ちはだかれたような気がしたのだろう。
「やだやだやだっ、どけよ離せよっ。」
 恐らくは“怖いから”どっか行けと。そんなしゃにむな抵抗を見せた、小さな手を捕まえられて、
「ルフィ? どした?」
 そんなお声が掛けられる。え?とお顔を上げたれば、まだ子供だってのに、一丁前に恐持てのする顔付きで、眉間にしわを寄せて何かしら案じているようなゾロがいて、

 「ぞろ〜〜〜〜。」

 ああよかった、天の助けだと。こちらさんもまた、どこか大仰にお顔をくしゃくしゃにしてすがりつく。あんなにご機嫌だったのに、この急転直下な変貌ぶりからは…よっぽど怖い目にあったらしいことは一目瞭然。

 「…こん中に何か居んのか?」
 「そだけど。」

 あっさりと察してくれたはいいけれど、きりりと引き締められてるお兄さんのお顔を見上げ、ルフィが感じたのは…ゾロだってまだ子供だってこと。何か知らないけど不気味なものへ、彼がたった一人で立ち向かうなんて無茶ではないか? 頼もしいけどでも、相手は何物か判らない。もしかして悪の組織の怪人かもしんない。ガイヤの狂戦士だったら究極戦人タナトスとか呼ばないと、子供だけでは戦えない。

 「ゾロ〜〜。」
 「お前は此処にいな。」

 そじゃなくて。やめときなって言いたかったけど、丁度…真後ろでドサッて音がした。ひゃあと思わず飛び上がったら、ゾロはそんなルフィの小さな肩を自分の後ろ、背中の陰へと引っ張り寄せて、自分の体で隠すようにしてくれて。

 「誰か いんのかっ?」

 腹の底からの低い、強い声。あわわと慌てたルフィを尻目に、戸前の壁へ立ててあった庭ボウキを手にすると、それをぐぐうっと両手で絞るように掴みしめての正眼の構え。倉の暗闇相手に腰を落として身構えたゾロは、足と膝とにバネを溜めると、何かしらの間合いを数えてのそれから、

 「呀っっ!」

 気合い一閃、竹刀とは多少は勝手が違うホウキの刀をそれでも揺らがせもしないまま、力強く突き入れながら、倉の中へ…半ば飛び込むように踏み込んだのだが、

  ―― がつっ、という、

 堅い音がした。同じ木と木が当たったっていう堅さじゃなかったけれど。ゾロが見越してた、ホウキの先のぼさぼさのとこで叩いての威嚇だけで済まそうっていう攻撃を、知ってか知らずがもうちょっと手前で制してのこと。ぶざまに叩かれてたまるかという、向こうからもの攻勢は、正しく先制の奪い合い。振り下ろされて来たホウキの柄のところを、横薙ぎに弾いて振り払った相手だったらしいのへ、

 「…っ。」

 ゾロがハッとして、立ち位置から大きく後方へと飛びすさる。ルフィがいたのを横へと渡した腕で押して下がらせつつも、その視線はさっきいたところを見やったままであり、

 “凄げ〜〜〜。”

 もしかせずとも本気も本気。いつもだったら、どんないじめっ子が相手でもそっちを片手間にしてたのに。お顔はルフィの方を余裕で向いてたのにね。あっち向いたまんまなゾロって…もしかせずとも集中を途切れさせられない相手と戦ってるって事であり。そんなレベルの修羅場、庇われる立場が長いルフィでも初めて経験することだったりし。

 “そんな凄げぇ奴が現れたんか。”

 ゾロの道場を狙って来たんかな。コウシロウのおっちゃん、優しそうに見えるけど、ホントは凄げぇ強いって言ってたしな。あ、でも、喧嘩だけならウチのシャンクスも強いのに。エースだって高校せんしゅけんのちゃんぴよんなのにな…と。どっちにしたって自分は出る幕がなさそうな場であり、それが何とも口惜しいらしいおチビさん。

 「ガイヤの怪人っ、ムカデ男爵か? とっとと出て来やがれっ!」

 悔し紛れに声だけでも参戦しようと思ってのこと。知ってる中の一番強いの、叫んでみたところが、

 「………ム、ムカデっ?!」

 戸口の向こうから、妙に上ずった声が返って来た。抑揚も変だったし、何だかバタバタっていう調子の狂った足音もして。そいで、

 「ムカデがいんのか? この倉ん中。」

 あわわという慌てっぷりにて、大急ぎで外へと飛び出して来たのは。ルフィは今まで会ったことがない、ゾロよかちょっと大きい年のお兄ちゃんだった。………腕へ仔ネコを5匹も抱えた。


  「………誰だ? ゾロ。」
  「俺は知らん。」
  「お前らこそ誰だ。」
  「ここんチのもんだ。」
  「そだぞ、ネコ怪人。」
  「ね、ネコ怪人?」





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 *このお話では、ゾロのお父さんはコウシロウ先生です。
  きっと先々でミホークさんを倒すのが目標となると思われます。

  それはともかく。
  こうまで長引かせるつもりはなかったのですが。
  次くらいで決着しそうです。
  すいません、もちょっとです。


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